研究内容

 「衛生薬学」研究は、生活に密着した様々な疾病の原因究明や、化学物質の健康影響とその作用機構解析を通じて、疾病予防に貢献する研究のことで、薬学部における重要な研究分野のひとつです。この衛生薬学研究室では、教授?太田茂、准教授?佐能正剛と助教?高岡尚輝の3人の教員スタッフで研究を展開しています。
 「化学物質」には、医薬品、食品添加物、化粧品、香料、洗剤、農薬などがあります。これらは、私たちの生活に欠かせないものであり、毎年、登録される化学物質の数は指数関数的に増えています。しかしながら、これらが体内に取り込まれたときの毒性、安全性はまだ十分に分かっていないものも多くあります。
 生体にはウイルスや細菌が侵入すると免疫系が働いて感染から体を守る機能があるように、化学物質が体内に入ってきたときにもそれを排除するための解毒機構があります。この機能を薬物(異物)代謝と呼びます。これは、化学物質の毒性、安全性を考える上で、とても重要な生理機能になります。たとえば、化学物質が口から入り消化管から吸収されると、各組織へ分布し、主に肝臓に発現する「薬物(異物)代謝酵素」によって代謝分解され、解毒化された「代謝物」とよばれる形となって尿や糞便中から排泄されます。
 しかしながら、消化管から吸収される化学物質のうち、その一部は肝臓の薬物代謝酵素によって解毒されずに逆に毒性が強くなってしまう代謝物が生成することもあります。これは生体にとって意図せぬ反応であり、私たち研究者もこれを予測するにはとても難しい研究課題となっています。医薬品の副作用の中にも、このような毒性代謝物(活性代謝物、反応性代謝物)の生成が関与し、肝臓、脳などさまざまな臓器に毒性影響を与えることが知られています。
 私たちは、マウス、ラット生体におけるin vivo研究、細胞?組織を用いたin vitro研究、コンピューター(シミュレーション)を用いたin silico研究 を通して、化学物質の代謝反応を介したヒトにおける毒性発現の予測、いわゆる化学物質のリスクアセスメントを行っています。
 その中で、当研究室では、様々な化学物質の体内動態(代謝物の生成や血中動態)を考慮しながら、毒性発現の決定要因を見出しそのメカニズムを解明すること、ヒトにおける化学物質の毒性予測評価系を確立することを目指した研究を、国内外の研究機関との共同研究を通して行っています。そのうえで、化学物質の精度高いリスクアセスメント、さらには安全性の高い創薬へ貢献したいと考えています。

医薬品など化学物質のヒトにおける体内動態?毒性予測
 化学物質のリスクアセスメントを難しくさせる要因として、動物とヒトとの種差や、in vitro研究とin vivo研究結果の解離があり、ヒトの生体を反映した評価系が求められています。私たちはマウスの肝臓がヒト肝細胞に置換されたヒト肝細胞キメラマウスを用いて、肝臓で代謝される化合物のヒトにおける体内動態の予測評価を行っています。ヒト肝細胞キメラマウスの肝臓には様々なヒト型の薬物代謝酵素が発現していることから、ヒトの体内動態評価系として期待されます。さらには、ヒト肝細胞キメラマウスを用いた薬物性肝障害(胆汁うっ滞、脂肪肝毒性)の発現予測評価も行っています。その中で、肝毒性発現の鍵となる分子を探索し、詳細なメカニズムを解明することで、肝毒性の発症をモニターできるバイオマーカーの開発につなげていきたいと考えています。
薬物代謝酵素の新しい発現制御機構の解明
 肝臓に多く発現し、異物代謝能を有する薬物代謝酵素(シトクロムP450やアルデヒド酸化酵素)の転写から翻訳、タンパク質分解に至るまでの発現調節機構について調べています。また、薬物代謝酵素は生体内の内外環境変化(化学物質曝露?病態など)に応じて発現が変化することが知られ、これが薬物代謝や毒性の個体差の要因となっていることが考えられます。特にその中で、肝臓と肝外組織(腸管など)との臓器連関による発現調節機構について研究しています。
薬物代謝酵素の新しい生理機能と疾患との関連性の解明
 薬物代謝酵素には肝臓以外にも発現しているものがあり、内在性物質(ビタミン、アラキドン酸など)を基質にして代謝する異物代謝以外の生理機能をつかさどることも知られています。しかしながら、その生理的意義は十分に分かっていません。この代謝機構が変動すれば、疾患につながる可能性もあります。特にシトクロムP450やアルデヒド酸化酵素における異物代謝以外の生理機能の可能性に着目し、疾患(化学物質過敏症など)との関連性を精査しています。
研究キーワード
衛生薬学、化学物質、薬物代謝酵素(シトクロムP450、アルデヒド酸化酵素)、代謝物、体内動態、薬物性肝障害、化学物質過敏症、個体差、種差、ヒト肝細胞キメラマウス
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